AIの記事がつまらないのは、AIだけの問題か

趣味

「AIが書いた記事は、質が高くない」
そう言う人は多いです。私も、そう感じることがあります。構成は綺麗にまとまっている。文法もおかしくないし、読みやすい。でも、物足りない。

人間特有の言い回しや、妙なこだわり。そこから見える背景や生き様。そういう「癖感」が薄まるんですよね。整っているけど、印象に残らない。

ただ、これはAIの能力だけで決まるものでもありません。何を指示し、どんな材料を渡すかによって、出来上がる文章はかなり変わります。

文章の面白さは、もとになる経験や視点から生まれる

以前、松浦会長のnoteが話題になっていました。

貸しレコード店で働き始めた頃の経験から、仕事やチャンスについて語った記事です。
採用を断られても店に通い、頼まれていない仕事をする。競合店の客数を自分で調べ、商売の打ち手を考える。こうした一貫した行動から、その人の物の見方や生き様が見えてきて、おもしろい。

この記事はAIが書いたという話も耳にしました。実際にどこまでAIを使ったかはわかりませんが、仮にAIが文章にまとめたとしても、私は面白さを感じます。もとになっている人生経験そのものが稀有ですから。

文章を誰が整えたかにかかわらず、そこには松浦氏自身の経験と、そこから生まれた物の見方が詰まっています。

AIに「チャンスをつかむ方法を書いて」と頼むのと、こうした経験を渡して「記事にまとめて」と頼むのとでは、出発点がまるで違います。後者には、その人だから語れる内容があるからです。

「どう書かせるか」と同じくらい
「何を渡すか」が重要

AIの記事を面白くしようとすると、プロンプトの書き方に意識が向きがちです。

「プロのライターとして書いて」「読者の心を動かす文章にして」。こうした指示もできますが、それだけでは書き手ならではの経験や考えは伝わりません。

指示を重ねる前に、記事の材料として渡せるものがないかを考えた方がいい。

  • 自分が失敗したときの話
  • お客様から言われて驚いたこと
  • 業界の常識に対して、前から疑問に思っていること

そして、そのとき何を考え、なぜその判断をしたのか。出来事に加えて、そこに至る思考を渡すことで、その人ならではの視点が文章に入ります。

綺麗な文章にする必要はありません。箇条書きでいい。まずは、自分の中にある材料をAIに渡すことです。

さらに、「この言い回しは残して」「この違和感を話の中心にして」と補足すれば、自分が面白いと思う部分も残しやすくなります。読みやすく整える過程で、肝心の癖やこだわりまで消してしまわないようにするわけです。

AIを使っても、
記事の濃さには人間の差が出る

AIは誰でも使えるものです。しかし、書き手が日々何を見て、何を考え、どれだけ自分なりの見方を蓄えているかは、人によって違います。

同じ出来事を経験しても、何も気に留めない人もいれば、疑問を持ち、自分なりの答えを考える人もいます。その積み重ねが、記事の材料になります。

文章を整える作業はAIに任せられても、自分が経験したことや、そのとき考えたことは、こちらから渡さなければ伝わりません。

だから、AIの記事が物足りないと感じたときは、AIの能力や指示の仕方とともに、自分が何を渡したかも見直してみるといい。

AIを使う時代でも、その人の経験や思考、日々の物の見方は文章に表れます。その人の人間力で、記事の濃さも変わってくるわけです。

大阪生まれ。株式会社デザインプラスという会社を経営しています。 WordPressテーマTCDを運営したり、ブログやメルマガを書いたりしてます。

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