資本家と労働者の間にあるグラデーション

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資本主義の仕組み上、労働者よりも資本家が圧倒的に有利であるという話は下の記事でしました。仕組みとしても現実の傾向としてもそうなっているのです。とは言え、現実を見ていると例外もあり、簡単に割り切れないケースもあります。それは何かと言うと、資本家と労働者の間に存在する多様なグラデーションです。

本稿では資本家と労働者の間にあるグラデーションについて書きましたので、意味が分からない方は上の記事も併せてお読みください。

資本家と労働者に属さない職人

資本家にも労働者にも属さない、あるいはその中間に属する人たちがいます。ここではその存在を「職人」と呼びたいと思います(色々呼び名を考えましたが職人以外にいいものが見つかりませんでした)。ここで言う職人とはその職を極めた人たちを指します。一般的な労働者とはまったく異次元に高いレベルにある人たちです。例えば、コピーライターだと気の利いた日本語が書ける人たちから、そうしたテクニック的な領域を超越した人までいる。多くのコピーライターは平均的な収入、もしくはそれに少し上乗せされた程度しか得られませんが、一年間に億単位の収入を得るコピーライターもいる。

その違いは何かと言うと、生み出した価値の量です。労働者クラスのコピーライターは誰が書いてもさほど結果が変わらないコピーを書きます。多少の差はあれどすぐに埋められる差でもある。ゆえに、収入も大きな差がつかない。でも、職人クラスのコピーライターはそのビジネスに参画することでコピーの質や量に厚みが増すだけでなく、商品から組織運営に至るまで全体に影響を与える存在になる。わかりやすく言うと、彼らの参画によって売上が劇的に上がるわけです。そうしたスーパー職人というのはもはや労働者の枠組みを越えているわけですね。また、彼らは会社が倒産しても他の買い手が引く手あまたです。金銭面・待遇面も良い条件で契約を結ぶことが可能だったりします。

なぜスーパー職人は多額の報酬を稼げるのか

これは簡単な話です。企業が商品やサービスの質を上げようと思えば、アイデアや資金力だけでは限界があるからです。だから、より優秀な職人(クリエイター)を雇おうとする。そして、優秀なクリエイターはほんの一握りであり、しかも平均的な枠からは大きく超越した存在です。希少価値ゆえに多額の報酬が支払われる。そして、報酬に見合うだけの価値もある。

労働者の先にあるのが職人

職人というのは、労働者に近いものがあります。なぜなら、労働者が職を極めた先にあるのが職人だからです。資本家と労働者はお金が入る仕組みも思考のメカニズムもまったく異なるのですが、労働者と職人は繋がりがあるわけです。ですが、現実には労働者がスーパー職人になることはほとんどありません。その理由は色々あると思います。

1つは道を極めてもしょうがない職種があることでしょう。例えば、コンビニのレジ打ちを極めてもいずれ機械に獲って代わられてしまう。レジ打ちを極めるなら、どうすればレジ打ちを代替できる仕組むを作れるかといった時代のニーズに目を向けた考え方が必要です。コピーライターも文章を書く仕事と割り切るよりは、ユーザー視点で商品の良い点を引き出すために商品開発にも関わったりすることで、より提供できる価値を大きくすることができます。

また、道を極めることが収入を大きく伸ばすことに気付いていない人が多いのも理由の1つです。先ほども言ったように労働者が収入を大きく伸ばすことは資本主義の仕組み的には難しい。頑張っても平均的な収入から毛が生えた程度しか得られない、だから頑張らないほうが得と考える人も増えてきているくらいですから。ですが、企業の製品の品質を劇的に変える力を持くらいになれば、潮の目はまた変わってくるということを知っておいた方がいいでしょう。

労働者から資本家になる時に現れる壁

法的には労働者から資本家になる時の制限はなく、誰もが資本家になれる時代です。ですが、労働者と資本家は全く性質が異なります。例えば、労働者には仕事とプライベートの境界線がありますが、資本家にはない。資本家は遊んでいるようでもお金を生み出すことがあるので、遊びは投資であり、投資は仕事なのです。この考え方の差が自分の時間の投資先をも変える。こうした壁は案外大きく、社会に出てから長いこと労働者をやっている人は、この考え方の違いから資本家への転向がうまくいかないことが多いように思います。

また、労働者は資本家に時間を売るので、自分の時間を高く売ることが労働者にとっては重要な関心事です。資本家は彼らから時間を仕入れ、生み出された価値を売る。では職人はどうなのか。資本家に時間を売るのではなく、価値を売るのです。労働者と似ているようでも、視点は資本家と同じなのです。

資本家であり、職人であること

資本主義社会では資本家は収益を生み出す仕組みと手元のお金を失えば、ただの人です。多くの経営者は会社が倒産したら、低い時給で労働者として再スタートせざるを得ない。収入が多かった人が無収入になることほどキツイものはありません。なぜなら、ひとたび収入が上がるとお金を使う量も増えるからです。私が知っている富裕層でも収入が増えたのにお金を使う金額が変わらなかった人は一人もいません(すぐに変わらなかったとしても数年という時を経て変わるものである)。そして、私もビジネスオーナーなので一応資本家の部類に入ります。その私が見ているところは資本家と職人の2つの顔を持つ姿です。

資本家であり職人である人は、1つは資本を失ってもすぐに復活ができる。もう1つは仕事のやりがいを持てること。資本家の生き方を究極的にシンプルに削ぎ落としていくと、効率との闘いになります。そこに楽しみを覚える人もいるかもしれませんが、無機質に映る人もいる。私もその一人で、モノを作ることに楽しみを覚える人間です。それが私が経営者をやりながら実務もこなす理由だったりします。

資本主義社会では資本家と労働者の2つの属性意外にもグラデーションが無数に存在し、単に時間を切り売りするだけが労働者の生き方ではないし、お金を元にお金を増やすだけが資本家ではないということですね。あなたがどういう生き方をしたいかで、自分の立ち位置も変わってくるかと思います。

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中田俊行

1982年大阪生まれ。株式会社デザインプラスという会社を経営しています。
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