多くの人は「幸せの先食い」を無意識にやっています。
後にとっておく方が美味しく食べられるのに、木を育てることなく実を食べてしまい、実りがどんどん貧相になっていく。そんな人生になりがちです。
後食いする人は、自分の課題に目を向け、今それを解決しようとする。
先食いする人は、自分の課題から目を背け、今の快感や利益に目を向ける。
これを具体的にどういうイメージで捉えればいいのか。幸せの先食いをする人、後食いをする人、それぞれの人生を学生時代からダイジェストで見ていきましょう。
まずは「後食い」の人生から。
でも、何もせずには諦められなかった。大学に入ったらオーストリアに留学しよう。世界的に有名な先生がそこにはいる。その先生の元で技術を磨き、世界的なコンクールに出る。ダメだったら、ピアノの道を諦めようと決めた。そこまでは本気でやる。
高校生のころは練習が終わったらアルバイトに行った。バイト代が入っても服やゲームには使わなかった。留学のためにほとんど手を付けなかった。お金が貯まったのが大学2年の時。僕は日本の先生に口を利いてもらい、オーストリアに飛び立つことができた。留学を周りは羨ましがったが、観光する時間もお金もなく、学校とアパートとマーケット以外どこも行かなかった。
大学生のうちに世界的なコンクールに出ることを目標としていたが、結局出場すら叶わなかった。これが自分の限界なのだ。夢はきっぱり諦めた。なのに、どうしてか気持ちは晴れやかだった。一切の手を抜かずに全力でやりきった。そんな日々と比べれば、舞台が移り変わっても楽勝だと思えた。
形を変えても音楽には携わり続けたかった。本格的にピアノを学びたくても、良いピアノを使える環境がない人は多い。とりわけグランドピアノは高価で、誰もが買えるものではない。良い楽器を求めている人と、その人に合った楽器。それらをつなぐ仕事ができないだろうかと考え、楽器を輸入卸・販売する商社に入社した。輸入販売のノウハウを将来独立した時に役立てるつもりだった。
ある時、昔師事していた先生から連絡があった。「引退するから一部の生徒を見てほしい」とのことだった。自宅で週末に教えることになった。小さな音楽教室の誕生だ。これを機に少しずつ生徒が増え、市内に音楽レンタルスペースも併設した教室を新たに開業した。平日の運営は姉や知り合いの先生に任せつつ、週末は私もそこで教えた。
副業だった教室・レンタルスペースの利益が本業のサラリーマン収入を越えた頃には、僕は輸入販売のノウハウを完全に習得していた。退社し、音楽事業の育成にフルコミットした。1つ目の夢は叶わなかったが、2つ目の夢が叶った。自分を信じ続けることができて、本当によかった。
彼は学生の頃から、目先の利益よりも未来の可能性にかけて動いていました。アルバイトをしたのも目先の快楽のためではなく、人生の基盤をつくるため。こうした小さな積み重ねがあらゆる場面に出ている。だからこそ、後に素敵な形で花開きました。
逆に幸せの先食いをしてしまう人は、目先の利益をパクパクと食べることに何の罪悪感もありません。常に無計画でいて、自覚すらありません。例えば、こういう感じです。
社会人になった。なんとなく「カッコよさそう」が決め手。合コンでもモテそうな業種。華金は大学時代のツレとナンパとか合コンとか。週末は彼女と過ごす。仕事にもいつの間にか慣れていた。どうやら先輩からは、要領がいいからと気に入られているようだ。最初は不安で本を読んだりもしたけど、そんな心配は無用だった。ところで、会社に目が死んだおじさんたちがたくさんいるんだけど、俺もこうなんの?とか思ったり。いや、ないな。こんな大人にはなりたくないわ。
30歳過ぎた。まだ何者にもなっていない。でも、同級生たちも同じ、俺はだいぶ良い方。いや、1人同期で起業して金持ってるやついたな。あいつ、前に偉そうに人生語ってきて、嫌いなんだよな。どうせたいしたことやってない、運が良かっただけ。俺はあんな金ばかり追いかけるダサい生き方はしたくない。人生はこれからだ。
40歳過ぎた。結婚して子どももいる。住宅ローンは残り27年。嫁はうるさいけど、子どもだけはかわいいよ。人生なんてこんなものだろう。最近は同級生との付き合いも減ったけど、会社ではそれなりに評価されていて、部下もいる。肩書はないけど、俺がいなければ現場は回らない。それにしても、SNSの金持ちとか見ると無性に腹が立つ。何の苦労もしていない成金が、高級車や海外旅行を見せびらかしている。くだらない。世も末だな。俺の能力が足りないわけじゃない。社会が悪いんだ。
50歳過ぎた。最近の新入社員は礼儀がなってない。こちらが話しているときも、どこか小馬鹿にしたような目で見てくる。この前なんて、30代の若造が「そんなに実力あるならなんで独立しなかったんすか」と生意気に言い返してきた。もしかして、俺は舐められているのか?俺だって、好きでこの会社に残っているわけじゃない。住宅ローンもあるし、家族もいる。立場というものがあるんだ。今だって気力だけはある。あと10年若ければ、俺も何かやっていたよ。若いやつには分からないだろうけどな。
60歳を過ぎた。定年が近づいてきた。俺には再雇用の話はなかった。これまで会社に尽くしてきたのに、ひどい話だ。送別会では、部下たちが花束をくれた。みんな笑顔だった。「長い間、本当にお疲れさまでした」その言葉を聞いて、俺は少し寂しくなった。俺がいなくなったら、この会社は困るだろう。ところが翌月、久しぶりに元部下へ連絡してみると、職場は何事もなかったように回っていた。それ以降、会社の人間と連絡をとったことは一度もない。まぁこっちは退職金も出たし、余生を楽しむか。
70歳を過ぎた。時間なら、いくらでもある。でも、昔ほど体が動かない。年々バイトに行ける日も減ってきた。やってみたいことはいくつかあった。独立、旅行、趣味。退職間もない頃は金もあったので、「カフェをやる」とテナント候補の図面をいくつか妻に見せたことがあった。「この能無しめ!もう離婚したい!」と烈火のごとく泣き叫ばれた。能無しは聞き捨てならないが、今さら離婚されても困る。息子夫婦にも格好がつかない。でも、確かに今から始めるには遅い気はする。金も、体力も、自信もない。あの頃は「いつでもできる」と思っていた。
この人は、人生の大きな場面で失敗したわけではありません。大学へ行き、就職し、毎日働き、定年まで勤めました。致命的な判断をしたわけでもない。
ただ、その時々で、少し楽なほうを選び続けました。
目的を考えるより、周囲に合わせる。
勉強するより、遊ぶ。
挑戦するより、安心を守る。
自分を変えるより、成功した人を否定する。
未来に備えるより、「人生はこれから」と先送りする。
その小さな選択の積み重ねが未来の時間を奪っていきます。これが「幸せの先食い」です。
若い頃の彼は、目の死んだおじさんを見て笑っていた。自分だけは違うと思いながら、毎日同じ選択を続けた。結果、自分がそのおじさんになった。代金の請求が来るのは、ずっと後。請求書が届いた頃には、もう払い戻せる時間が残っていません。