性欲にしても同じです。たいていの野生動物はメスを取り合うために他のオスと争いをする。オスライオンも新たに群れを獲得しなければ生殖行為ができなず、自分の子孫を残すことができません。群れを獲得するにはすでにいる主を倒さねばならないのですが、その争いによって命を落とすことも珍しくないのです。
でも、なぜ彼らは命の危険を犯してまで行動をするのか。それは欲があるからです。もし動物に食欲も性欲もなければどうなるか。個体の死、そしてそのすぐ先には種の絶滅が待っているわけです。
3大欲求と言われる睡眠欲、食欲、性欲にはある特徴があります。その特徴とは生きている限りは終わりがない、枯れることがないということです。この3つの欲求は一時的に満たしても時間が経過すればまた出てくるようにプログラムされている。だから、欲は生きるため、行動するための原動力でもあり、生きている限りずっと湧き続ける源泉のようなものです。このことは人間も例外ではありません。
ただ、人間と動物には決定的な違いがあります。人間は理性を持っている。欲望や思考をコントロールしたりできる。理性は、欲望を抑えるだけでなく、欲望を自己否定することも出来る。その最たるものが自殺です。生存という根源的な欲求をも自己で抑えつけることができるのが人間の特殊性なのです。
ところで、最近は車にも時計にも興味がなく、女も面倒くさいから要らないと言う人が増えてます。物欲や性欲といったものはどちらかと言えば、はしたない物であって、否定されるべきカテゴリーになりつつあるわけです。だけど、人間は欲があったからこそ今の文明が築かれてきた歴史がある。女に会いに行くために橋をかけたりするのが人間なわけです。
身近なところでも、男はモテたいから頑張るし、モテるためのアイテムである物を手に入れようとする。理想を追い求め、革新的な次なるものを追求する行動も根源的な生存欲求があるからこそです。実はビジネスの場でも人間たちの欲望によって、新たなサービスが生まれては消えていっているわけです。欲求は創造の原動力なのです。
最後に、理性によって欲が抑えつけられすぎるとどうなるかという話をします。人は欲が薄れていくと、次第に死に向かっていきます。前にこんなことを言う人がいました。「生きていても何にも楽しいことがない。仕事もやりがいを感じない。でも、家族がいるから仕事は辞められない」。言い方は悪いですが、彼は「生きる屍」であり、きわどいラインで文明の力によって生かされている側に立っている状態です。人間は理性があるから社会を築ける側面はありますが、欲が押さえつけられすぎると、自分で何をしたいか分からなくなってしまいます。これは極端な例と思うかもしれませんが、グラデーションのように同じ線の上に続いており、欲を抑えた代償はじりじりと生命力を落としていくことに繋がるのです。
だから、欲は大事なものなんです。大きな欲求だけでなく、「ケーキが食べたい」とか「ゲームが欲しい」といった小さな欲求から大事にしていってください。
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